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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(オ)364号 判決 1976年5月24日

上告人 医療法人春田会管理者 春田建夫(仮名)

被上告人 今井良介(仮名)

被拘束者 佐藤順一(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤川健の上告理由について

家庭裁判所によつて保護義務者に選任されていない扶養義務者の同意は、精神衛生法三三条の保護義務者の同意に当たらず、結局、上告人による本件被拘束者の拘束は、保護義務者の同意に基づかないものであるから、正当な手続によるものではないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、人身保護規則四二条、四六条、民訴法九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 岡原昌男 大塚喜一郎 本林譲)

参考 原審徳島地 昭五一(人)一号 昭五一・三・一九判決

主文

一 被拘束者を釈放する。

二 本件手続費用は拘束者の負担とする。

事実

一 請求の趣旨及び理由

請求者(及び被拘束者)代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、請求の理由として次のとおり述べた。

「一 被拘束者は昭和四六年一月二〇日以来アルコール中毒患者として拘束者の管理する医療法人春田会「以下通称の「春田病院」と表示する)に入院させられている。

二 右入院は精神衛生法三三条による同意入院ということで、春田病院は、被拘束者の従兄弟の佐藤耕吉の同意を徴している。

三 しかしながら同意入院については、同法二〇条に規定する保護義務者の同意がなければならないが、右佐藤耕吉は家庭裁判所による選任を受けていないのは勿論のこと、そもそも保護義務者になりえない者である。被拘束者には当時成人している長女野端千代子及び実兄佐藤誠一がいたのであるから、この両名のうち家庭裁判所により選任された者が保護義務者となるべきであつた(同法二〇条二項四号)。

四 被拘束者は、もともと春田病院への入院の意思はないのに、佐藤耕吉らにだまされて入院させられたうえ、その後退院を望んでいたにもかかわらず、春田病院がこれを認めないため、三回くらい脱院し、いずれも短期間のうちに連れ戻され、昭和五〇年一〇月一八日から翌一九日にかけて、脱院に対する制裁として、春田病院の職員に暴行を受け、そのため左耳の機能は全く消失した。

五 よつて、被拘束者は法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されているから、その釈放を求めるため本請求に及んだ。」

二 拘束者の答弁

拘束者は「請求者の請求を棄却する。被拘束者を拘束者に引渡す。本件手続費用は請求者の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

「一 請求の理由第一項ないし第三項の各事実は認める。

二 同第四項中、入院およびその継続が被拘束者の意思に反していたこと、被拘束者が三回くらい脱院し連れ戻されたことがあることは認めるが、その余の事実(殊に春田病院の職員の暴行)は否認する。

三 同第五項は争う。

四 被拘束者は飲酒のうえ深夜来院し、拘束者としては、緊急を要したため、被拘束者を同行してきた従兄弟佐藤耕吉の同意書を徴して入院せしめたが、実質上の入院依頼者は実兄佐藤順一である。当時成人していた被拘束者の長女千代子はすでに野端康夫と婚姻していたから、保護義務者となりえない者であり、家庭裁判所の選任は経ていないとはいえ実兄佐藤誠一が保護義務者となるほかないのである。したがつて本件拘束は適法である。」

三 疎明

一 請求者(及び被拘束者)代理人

1 疎甲一ないし一二号証(拘束者の認否、一ないし三は不知。その余は、認める。一一については原本の存在も認める。)

2 被拘束者本人尋問の結果。

二 拘束者

1 疎乙一ないし五号証(請求者ら代理人の認否、二及び三は認める。その余は不知。)

2 拘束者本人尋問の結果。

理由

拘束者が、被拘束者を、昭和四六年一月二〇日アルコール中毒患者として、その従兄弟佐藤耕吉の同意により、被拘束者の意思に基づかないで春田病院に入院させ、以来同人の自由を拘束していること(但し、現在は仮釈放中である)は当事者間に争いがない。およそ、精神病院の管理者が精神障害者をその私的な医療及び保護のため入院させるためには、本人の同意がない場合必ずその保護義務者の同意を要するのであつて(精神衛生法三三条)、その保護義務者とは同法二〇条により定まる最先順位者である。本件についてこれをみると、被拘束者については、当時、同条二項四号に規定する第四順位の扶養義務者として保護義務者となりうる者である長女野端千代子及び実兄佐藤誠一があり、これらの者より先順位の者がいなかつたことは当事者間に争いがない。したがつて本来ならば、右両名のうちから家庭裁判所において選任せられた者が保護義務者となるべきであつたことになる。そして、現実の同意者である佐藤耕吉は、被拘束者の扶養義務者ではなく、保護義務者となりえない者であることが明らかである。以上によると、拘束者の本件拘束は精神衛生法三三条に定める正当な手続によつたものでないこと明白であり(拘束者の答弁第四項は、主張自体失当であること論を俟たない。)、請求者の本件請求は、人身保護法二条及び人身保護規則四条所定の要件に適合するものというべきである(最高裁昭和三六年(オ)第二二三号・同三七年四月一二日第一小法廷判決・民集一六巻四号八三三頁、東京高裁昭和二八年人(ナ)第四号・同二九年一月一八日判決・高民集七巻一号一頁各参照)。

よつて、請求者の本件請求は理由があるものと認め、手続費用につき人身保護法一七条、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 早井博昭 裁判官 安廣文夫 富田守勝)

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